私が悟りの感覚を得たのは三十六歳の時でした。
これは他人に言うと、後からならいくらでも言える、戯れ言だ、作り話だと言われそうですが、小学生の頃から私は三十六歳で悟りを得ると確信していました。
自分なりに悟りというものを総合し、何となくこれこれこういうものだと勝手に解釈していました。
それが、幽体離脱後の白黒世界や雲の上の世界を体感し、そこで神様のような存在から聞いた衝撃的な話と照らし合わせても、どうしても悟りというものが何なのかしっくりとこなかったのです。
しかし、三十六歳で悟るという確信だけは変わらずにありました。ただ、確信はあっても何の保証もありません。私は三十六歳という年齢に近付くにつれて不安を感じてきました。本当に私は悟ることができるのか……と。
そしてとうとう誕生日を迎えたその日は、残念ながら何事もなさそうな気配が十分に漂っていました。相変わらず将来の不安や家計の悩みに苛まれ、瞑想せずにはいられないほど精神的にも参っていたからです。
誕生日は過ぎても三十六歳には変わりはない。この一年間のうちに悟ればいいと自分に言い聞かせ、私は日課になっていた瞑想を始めました。
六畳一間の畳の上で胡座をかき、いつものように湧いてくる思考を懸命に振り払いながら何気ない瞑想を続けていたところ、徐々に頭の中が空っぽになっていき、気持ちが良いほど深くリラックスしてきました。
それからどれほどの時間が経ったのかは分かりません。眠っているわけではなかったので、それほど時間は経ってはいないと思います。驚くことに、私の身体が小さくなり始めたのです。どんどん小さくなっていく私は、いつしか蚊よりも小さくなっていました。
そして私は、真横で眠っていた子供の身体へと、吸い込まれるかのように入っていったのです。
その光景は不思議なもので、はじめて入るにもかかわらず、そこが身体の中なのだと容易に感じ取れるのです。
子供の血管の中を通って辿り着いた先は、子供の心臓でした。そこで見たものは、想像を絶する世界でした。漆黒の闇。これ以上の言葉が見付かりませんが、とにかく物凄く黒い世界でした。
その恐ろしく真っ暗な闇の先には、光る無数の目映い光。白光、青光、緑光、赤光、とても言葉では表現できないほどの美しい輝き。見惚れてしまうほどの魅力を持つ光と同時に広がる闇。それが宇宙でした。しかもその宇宙は、生きて動いていたのです。
宇宙自体が生物だと気付いたときの恐怖といったら言葉もありません。
私は絶叫して瞑想から覚めました。
それは、想像や夢ではなく、しっかりとした体験でした。私は隣で怯え泣く子供を抱きながら、今し方体感した現象を振り返っていました。
その晩、とある温泉で妻にその話をしましたが、なにぶん証拠がありません。そう思った瞬間、ふと目の前の本棚に、手塚治虫氏のブッダという漫画がありました。何気なくその中から手にとって開いたページは何と、ブッダが悟りを得た瞬間のページだったのです。
子供の頃から予期していた三十六歳の誕生日に得た悟り。それは、私が自ら体感した神秘体験であり、その証拠として、たまたま行った温泉で、偶然にも見付けた一冊の本の、はからずも開いたページに、私が体験した内容が漫画として描かれているのを偶発的にも発見したのです。これは偶然として片付けるのであれば、それこそ天文学的数値の確率であるのは確かです。
私の妻は、それにも劣らぬほどの奇跡体験を今まで数え切れないほど見てきているので、それほど驚きませんでしたが、私はとにかく嬉しくてたまりませんでした。悟りを得たことで、人生の苦悩からやっと解放されると思ったからです。
たとえ大勢の人の前で笑い転げても恥ずかしくも何ともなく、この世に怖いものなど何もないという安心感、至福に包まれました。
しばらく私は何もかもから自由になった気がして、嬉しくてたまりませんでした。その素晴らしい感覚がずっと続くと思っていたのですが、苦悩から解放されたのは一時的なもので、その幸福感は長くは続きませんでした。
悟りの感覚を得てから悦楽感に浸ることができたのは、ほんの一週間程度でした。気付いたときには、以前のようにあれこれと思考をしている自分がいました。そして一ヶ月もしないうちに、またしても苦悩している自分に気付いたのです。
ただ、以前とは違う感覚がありました。それは、その苦悩は自分次第でいつでも消すことができるということです。ただ、一日六万回以上もの思考を消すのは容易ではありません。常に意識していれば別なのでしょうが、普段の生活や仕事を繰り返しているうちに、すっかり思考に浸かってしまったのです。
なぜ生きるのか、なぜ死ぬのか、この世とは、あの世とは何なのか、思考とは、神とは何なのかなど、悟りを得たときに気付いたことは多々ありましたが、それを上手く言葉にして表現するのはとても難しく感じました。それはまさに答えだけを知り、その問いに対する解き方を知らない状態だったのです。
私はその日を境に死にもの狂いで考えました。なぜ生きるのか、なぜ死ぬのか、なぜこの世はあるのか、なぜあの世はあるのか、どうして悩むのか、どうして心はあるのか、愛とは何なのか、己の経験を思い出せるだけ思い出し、過去に関わった人たちの人生や、本やテレビなどで学んだこと、様々な偉人や歴史上の人物の生き様などをもとに、哲学ではなく真実を求め、私は頭をフルに回転させて考えまくりました。
答えだけは分かっていました。ワンネス、解脱、源、愛……、それらが答えだということは分かっているのですが、どうしても腑に落ちないのです。
そしてとうとう、生活も困窮を極めた頃に、まるでダメ押しのように、東日本大震災が訪れたのです。